自分を大きく見せるのをやめた。森田美勇人がダウン症の弟から学んだこと【後編】

ヘラルボニーを応援してくださっている方々に話を聞きにいく連載「HERALBONY&PEOPLE」。この連載では、普段からヘラルボニーの活動やビジネスに共鳴してくださっているあらゆるジャンルの皆さんにインタビューをしていきます。
今回は、アーティストとして音楽やアートで表現をおこなう傍ら、「FLATLAND」のディレクターを務める森田美勇人さんが登場。後編では、今の生き方の軸として貫く「フラット」というスタンスに至った背景について。より高みを目指してステップアップすることを「正」としていた森田さんが、ダウン症の弟さんとの人生の営みの中で辿り着いた人生にとって本当に大切なこととはーー?
作家・山根孝文のオープンカラーシャツとリラックスハーフパンツのセットアップで夏らしいスタイルをまとった森田さんに、前半に引き続きお話しを伺います。
>> 前編はこちら:自分をさらけ出す「恐れ」を乗り越えて 森田美勇人が目指す「心ファースト」な生き方【前編】
※写真背景作品:水上 詩楽「タイトル不明」
「弟を守ろう」という意識で過ごしてきた

>> 森田さん着用アイテムはこちら:オープンカラーシャツ「タイトル不明」/リラックスハーフパンツ 「タイトル不明」
―――FLATLANDのコンセプトページをのぞくと、“フラット”についての説明から始まります。「“フラット” それは僕の口癖であり 誰に対しても当たり前に優しい弟の背中から学んだことです。」森田さんが大事にするこのスタンスに至った背景について、教えていただけますか?
森田:僕が5歳の時、弟がダウン症で生まれてきました。家族で話し合って、「“弟ファースト”に生きていこう」と決めたんです。もちろん、いつもそんな綺麗事ではいられませんでした。社会で生活するうえでは、まわりとの成長スピードの違いをはじめ直面する課題はたくさんありました。その都度、家族で話し合うというのが日常でしたね。小学校・中学校と年齢が上がっていくうちに、障害者と健常者という存在の意識が生まれたり、いじめというものを経験したりと、当たり前に色んなことがありました。
「弟を守ろう」という意識で過ごしてきましたが、成長してさまざまな人たちと話す機会に恵まれるにつれて、自分の考え方が変わっていきました。健常者であっても悩んでいる人や困っている人はたくさんいる。一方で、障害者の中にはアートの世界で素晴らしい才能を発揮する人もいて。人間がカテゴライズしただけなんですよね。人のことを、枠にはめずにもっとフラットにいたいと考えるようになりました。それが、FLATLANDという名前につながっています。
弟に対しても、ダウン症を特別なことだと感じたことはないんですよ。家族の言葉を借りていうならば、弟は“ダウン症というカテゴリーの蓑に隠れた、ただのサボり魔”だと思っています(笑)。でも、本当に誰にでも優しいんです。それが良いことだからという以前に、“優しいことが当たり前”という感じで。そんな弟を尊敬しているし、彼から影響を受けたことはたくさんあります。
まっさらで優しい弟から学んだ生き方のヒント

―――ヘラルボニーの契約作家さんからもまったく同じ雰囲気を感じます。いつ、どんなときに、どの社員が顔を出しても暖かく迎え入れてくれる。
森田:僕は「ステップアップしなければ」という思いで人生を進んできたところがあって。それで切羽詰まった時に、結果として周りの人たちに強く当たってしまうようなこともあったかもしれないな、と。そのような心の狭さを持ってしまうくらいなら、弟のような優しさを持ちたい。損得関係なく、好きなことにまっすぐな姿勢にも惹かれるし、生き方としてめちゃくちゃ参考になります。
やまなみ工房に行った時も、同じことを感じました。作家さんは皆、キャラクターが全然違っていました。一生懸命働く人もいれば、お笑い芸人が好きで熱く思いを語ってくれる人もいて、個性に溢れていた。弟も彼らも、好きなものに忠実で。そこにハッとさせられたんですよね。“ステップアップ命”で突き進んでいくと、「好きだから」という気持ちよりも、使命感や正義感のほうが強くなってしまう時があります。自分に課した使命感によって想像力が欠けてしまい、相手に配慮が足りなくなることもある。好きなことが一番長く続くし、相手にも自分のエゴなんて関係なくピュアに接することができると思います。
それから、もうひとつ生き方のヒントにしたいと思ったのは「大袈裟じゃないこと」。相手に何かを伝える時に、自分の本心より大袈裟に見えないように、気をつけています。気張ることが大事なシーンも、もちろんありますけどね。ただ、自分を大きく見せようと15年近く生きてきたので、もう大袈裟に生きるのはやめようと思ったんです。
家族の存在が、間違いなく自分の核にある

―――フラットな視点に立ったことで、気づけたことはありますか?
森田:他の人からしたら、今の活動は、キャリアとしてはブレーキをかけていると思う人もいるかもしれません。でも、それはそれでいいと思っています。「色んなツールを使って自分の心を表現することに行き着く人生でよかった」と今、心から思えているんです。弟がいなかったら、ここに至らなかった。家族の存在が、間違いなく今の自分の核にあります。
昔、「Mr.インクレディブル」という映画が大好きでした。家族構成が全く一緒だし、キャラクターがシルエットまで全員似ているんですよ(笑)。「我が家の話だ」と勝手に思っていました。“家族一丸”というマインドがぶれなかったのは、ピクサーのおかげもあるかもしれませんね(笑)。
ヘラルボニーの松田さんも、お兄さんの存在が今の活動のパワーになっていますよね。同じ境遇の身内がいる立場からすると、すごいと思うんですよ。色んな異彩を見つけて、広めようという思いが伝わってくる。それぞれのアーティストさんからも感じますけど、松田さんたちからも熱をひしひしと感じて、刺激を受けます。
僕は自分で曲を作ったり絵を描いたりしても、作って満足しちゃうことが多い。自分がぶれない状態でいたいという気持ちのほうが強くて、作ったものを広めていくまで至らないというか。完成したら満足して、そのままベッドで寝ちゃいます(笑)。ヘラルボニーの推進力を尊敬しますし、学びたいですね。
「もったいない」から始まった福祉作業所との協業

―――ありがとうございます。森田さんも、福祉作業所と一緒にものづくりをされるなど新たな挑戦を続けています。
森田:福祉作業所との取り組みは、広めたいという気持ちで始めたわけではなく、自然と広がった取り組みでした。洋服を作るようになって、せっかくいい生地を使っているのにどうしても残反が出てしまうのがもったいないと思っていました。そこで、余った生地を集めてパッチワークしたアイテムを作ったら面白いんじゃないかと動いたのが始まりです。
ただ、パッチワークは工程に手間がかかり、請け負ってくれる工場があまりないんですよね。そこで、自分の地元である杉並区の福祉作業所にダメ元で声をかけてみました。パッチワークという作業自体は初めてだったけど、作業所の人たちが挑戦してくれると聞いた時は、嬉しかったですね。
実際にやってもらったら、本当にすごかったんですよ。半身麻痺の中途障害の方が、左手だけで10メートル近くの長さを一人で縫い上げてくれたんです。その集中力やオンオフの切り替え方、燃えるものを見つけた時に発揮される力の大きさに圧倒されました。
この協業も、使命感が出てくると疲れるし、心と違うことをしていたら続かないと思います。だから広げたいと思っていないし、むしろとても技術力が高いので内緒にしておきたいくらい(笑)。ここにも素晴らしい世界が広がっているのだと、心を動かされましたね。
人種や障害を超えて自由に表現するフラットな場を作りたい

―――無理をせず自然と生まれたものが、今の森田さんに新しい景色を見せてくれているのですね。
森田:昨年、抽象画の個展を開いた時、観てくれた人が「私にはこの色が見えた」と感想を話してくれたことがありました。それが自分の捉え方や思いと違う視点だったので、自分の作品を通してその人の考えや心の中をのぞけたような体験ができたんですよ。抽象画ならではのエピソードですが、お互いの意見を交換し合うコミュニケーションとしてすごくシンプルなかたちで、素敵だなと思った。
これまではエンタメの世界でショーとして作品を見せる仕事が多かったけど、これからは自分の気持ちを表現する可能性をFLATLANDで追求したいと思っています。
―――今後、FLATLANDで挑戦したいことはありますか?
森田:今決まっている話でいうと、年末に、やまなみ工房のダウン症アーティストのひよりちゃん(𠮷田ひより氏)とコラボレーションした展覧会を開きたいと準備を進めています。絵の展示に加えて、ライブペインティングなんかもできたらいいなと構想し
ていて。アートと音楽をつないで、どちらも楽しめる場になったら面白そうとも考えています。
いつか、FLATLANDでは、色んな人が自由に表現できる場を作りたいと思っています。さまざまなジャンルの人が、自由に表現をする機会を提供したい。自分はこれからも多方面に可能性を広げながらジャンルという枠をシームレスなものにしていきたいですね。人と人が関わる時に、相手の人種や障害といった前提を超えて個として接し合えてつながれたら、もっと新しくて面白いものが生まれると信じています。
森田美勇人さん着用アイテム / 作家紹介

森田さんも訪れた『やまなみ工房』に在籍する作家・山根 孝文(akafumi Yamane)は、スタンプをつかったアート表現を行う作家です。巻いて棒状にしたダンボール紙や紙コップ、ゴム判子等、様々な素材の判子を用いて自分の好きな色を決めて、判子を一つ一つ確実に丁寧に押していきます。
>> 山根 孝文の作品一覧および制作ムービーはこちら
リラックスムードあふれるユニセックスな開襟シャツと、2サイズ展開のリラックスパンツを合わせたセットアップのスタイルは、ほどよく力の抜けた休日スタイルで今の時期にぴったりです。