BACK STORY #1
ジャカード織りJacquard / 南都留郡西桂町(山梨)
富士山の北麓、山梨県南都留郡西桂町。江戸時代から最高級の絹織物「甲斐絹」を織り継いできた産地だ。この地で26AWに起用された二枚の原画が布になった。Willy De Smedt(ウィリー・デ・スメト)の、反復する形と重なり合う色彩。Monica Laroche(モニカ・ラロッシュ)が「ライティング・アート」と呼ぶ、言葉から生まれたかたち。アートを印刷するのではない。色を、筆致を、絵の具の厚みを読み解き、糸の交差として組み直していく。一枚の作品が、どうやって布になるのか。ジャカード織りという技法を追った。
富士山の北麓、山梨県南都留郡西桂町。江戸時代、この地を含む山梨県の産地で織られた絹織物は「甲斐絹(かいき)」と呼ばれた。細い糸を高い密度で織った、薄く、滑らかで、光沢のある布。主な用途は羽織の裏地だった。表からは見えない場所に、手の込んだ柄が織り込まれていた。
槙田商店の創業は1866年。傘の生地と服の生地を、糸の仕入れから一貫して手がけてきた機屋である。
ジャカード織りは、19世紀初頭にフランスのジョゼフ・マリー・ジャカールが完成させた織機に由来する。それ以前、複雑な紋様を織るには機の上にもう一人が乗り、経糸を手で引き上げていた。ジャカールの織機は、経糸を一本ずつ独立して上下させる。その動きは、穴を開けた紙のカードに記録された。柄は、穴の配列として保存される。
いまは紙のカードが電子データに置き換わったが、原理は変わらない。経糸の一本ごとに、上げるか下げるかが決まっている。その集積として絵柄が現れる。プリントが布の表面に像を載せるのに対して、ジャカード織りは布の構造そのものを絵にする。染められた糸を組み上げていく。
Willy De Smedt(ウィリー・デ・スメト)の原画は、100cm四方を超えるスケールで描かれている。刷毛が何度も往復した跡があり、絵の具が厚く盛り上がったところと、下地が透けたところがある。
Monica Laroche(モニカ・ラロッシュ)が描くのは、文字だ。雑誌やパズル本、日常の一コマから拾った言葉を、鮮やかな色で幾重にも重ねていく。読めそうで読めない線が、画面を埋めていく。
刷毛の面と、文字の線。性質の違う二枚を、同じ技法で布にする。
原画をそのまま写すのではない。色、筆致、絵の具の厚みを読み解き、織物として成立するかたちに置き換えていく。まず原画を組織のデータにする。どの色をどの糸で出すか。絵の具の重なりを、糸の重なりのどこに対応させるか。プリントなら色をそのまま再現できるが、槙田商店の得意とする先染織物で使えるのは、あらかじめ染められた糸の色だけだ。混色は、違う色の糸を交差させることでしか作れない。原画の一色が、糸の組み合わせに置き換わっていく。
織物は通常、限られた幅の中に同じ図案を繰り返して織る。この繰り返しの単位を「リピート」という。生地を長く織るためにも、織機の幅に柄を収めるためにも必要な仕組みだ。ただし絵をリピートさせれば、原画の構図は途中で断ち切られ、別の図案になる。
槙田商店が持つのは、生地幅180cmの大口電子ジャカード。この幅を一枚の画面として使い、リピートを設けずに図案を織った。
織り上がった生地は、一反ずつ人の目で確かめられる。手にするのは拡大鏡(ルーペ)。生地の上を少しずつ移動させながら、織りのキズなどがないかを探していく。
ジャカード織りでは、経糸が一本でも切れれば、その位置から柄が崩れる。織っている最中には気づきにくく、生地になってはじめて現れることもある。ルーペの下では、色のついた糸が交差する一つひとつの点まで見える。
織り上がった生地を、もう一度離れて見る。刷毛の往復した跡があり、絵の具が厚く盛り上がったところがある。糸でできたアートが、そこにある。

