友情という眼差し 展覧会「遠い近さ ― 松岡一哲とやまなみ工房の宇宙」特別トークイベント【後編】
展覧会「遠い近さ ― 松岡一哲とやまなみ工房の宇宙」は、写真家・松岡一哲さんの写真の上に、やまなみ工房の作家・吉田陸人さん、井野友貴さん、大路裕也さん、NANAさんがドローイングを重ねることで生まれた共同制作の作品展です。
【前編】では、松岡一哲と、やまなみ工房の施設長・山下完和、作家の吉田陸人と井野友貴、そして企画を手がけたヘラルボニーの朴里奈(ぱく・りな)が登壇。
やまなみ工房・この出会いの背景や、「写真の上に描く」という試みが立ち上がるまでの対話、「遠い近さ」というタイトルに込められた思いをたどりました。
→ 【前編はこちら】
【後編】となる本記事では、トークイベントのクライマックスとして語られた、吉田陸人さんと井野友貴さん――“りくと&いのっち”の関係性に焦点をあてます。
言葉を超えて伝わるリズム、笑い合いながら描く時間、そして「友情」という眼差しから立ち上がる「遠い近さ」のかたちを追いかけます。
笑いから生まれた2人の関係

朴:吉田陸人さんと井野友貴さん、お二人は、いつも一緒に描いているんですか?
山下:そうですね。もともと吉田が描いていたところに、ある日、井野が隣で見ていて、「俺も描いていい?」って言ったのが始まりなんです。それから、自然と "りくと(吉田)&いのっち(井野)”コンビが生まれました。
吉田・井野:(二人でじゃれ合う)
松岡:本当に、あの二人の掛け合いは見ていて幸せになりますよね。お互いを笑わせようとしていて、でもペンを持った瞬間に空気が変わる。あの切り替わりがすごい。
山下:(井野さんに向かって)これは何を書いたんですか?

井野:「家」

山下:家族から聞いた話だと、自宅のポストに投函される、不動産広告の断面を見るのが好きだったそうです。本人曰く、これは“家”らしいです。こんな家ないわと思うんですけど(笑)
松岡:このカラフルで、連結部分にマークがあるモチーフ。これが家の図面なんですもんね?
井野:家の、お父さんと、お母さんと、お兄ちゃんと……。
山下:何LDKなんだか(笑)
松岡:興味深いです。陸人くんは?
山下:だいぶ恥ずかしいモードなんです(笑)
陸人: (話してくれている)
(途中、井野さんと戯れ合う)
松岡: この掛け合いなんだよね、これがたまらないよね(笑)

陸人:(にっこりしながら話す)
山下:去年、ヘラルボニーとJICAさんとで、陸人と一緒にアフリカに行ったんですよ。何にも知らずに空港に行って、飛行機に乗って、飛び立ってしまって。びっくりして椅子にしがみついてしまったんです(笑)今、その話をしています(笑)
一同:笑いに包まれる。
山下:アフリカに行って、言葉も文化もルールも違う。でも、陸人は絵で繋がっていくんですよね。
松岡:まさに、コミュニケーションの“言語”ですよね。言葉よりも、肌感覚に近い。
山下:アフリカでの出来事が、彼の自信になっていると感じています。今も、空港がテレビに映ると、椅子にしがみついた話を嬉しそうに話すんですよ。
言葉よりも、リズムで伝わる

朴:松岡さんは、お二人と制作をする中でどんなコミュニケーションを取られていましたか?
松岡:正直、言葉ではほとんどやり取りしてないです。陸人くんが話すと、井野くんが少し僕に“通訳”してくれる。で、僕が話すと今度は井野くんが陸人くんに伝える。三人で“伝言ゲーム”みたいな(笑)でも、なぜか伝わるんですよ。意味じゃなくて、リズムで分かる感じ。
山下:そうそう、二人の間にはちゃんとリズムがあるんです。どんな話をしてるか分からなくても、ちゃんと“会話”になってる。
松岡:言葉って便利だけど、同時に一番距離を作るものでもあると思うんです。“わかった気になる”ことで、ほんとうは見えなくなってることがある。でも彼らといると、わからないままでいいって思える。それが心地いいんです。
普通ってなんだろう

朴:松岡さんが写真におさめているお二人の姿、とても自然体ですよね。改めて「普通」って何なんだろう、と思わされました。
松岡:そうですね。日本って、どうしても“正しさ”とか“効率”が優先されるじゃないですか。でも、彼らを見ていると、もっと人間的な時間が流れている。人の目を気にしないし、好きなものを好きって言える。それが本当の“普通”なんだと思う。
山下:彼らは、嫌いとか苦手を作らないんです。誰に対してもフラットで、安心感をくれる存在。だから、やまなみの中でも特別な二人なんですよ。 “いるだけで場がやわらぐ”っていうか。
吉田・井野:(二人でじゃれ合う)
松岡:……最高のやりとりだなあ(笑)
“遠いまま近い”関係

朴:タイトルにもなっている「遠い近さ」って、まさにお二人の関係を表しているような気がします。
松岡:ほんとそう思います。完全に分かり合う必要なんてないし、同じになることもない。“遠いまま”でも、ちゃんと近づける。それが人間関係の理想形だと思う。
山下:私もそう感じます。福祉でもよく使われる「支援」って、近づきすぎると押しつぶしちゃうことがあるんですよ。でも距離を保ちながら、そっと隣にいることが大事なんです。
朴:ヘラルボニーの考え方もまさにそこにあります。“わかりやすい共感”ではなく、“ただ共にある”という関係。このトークを聞きながら、その言葉が形になったように感じました。
福祉施設の現場

松岡:僕は、やまなみ工房に行って思ったんです。本当のヒーローは、現場で彼らを支えているスタッフの皆さんだって。僕や彼らは表現する側だけど、支える人たちの眼差しがあるから、この世界は成り立ってる。それをどうしても伝えたくて、実は、展示に寄せたメッセージの最後の原稿にその言葉を入れました。展示とのバランスの兼ね合いで、最終的にはカットしてしまったんですけど。
山下:ありがとうございます。でも僕たちは、彼らに支えられてるんですよ。「今日も楽しかったな」って思えるのは、いつも彼らのおかげ。どんなに疲れてても、彼らの笑顔を見たら全部どうでもよくなる(笑)
朴:お話を聞いていると、“支える”という言葉がひっくり返りますね。支えているようで、支えられている。それが本当の共生なんだと思いました。
“友情”という名の作品
※上記は松岡さんがやまなみ工房を訪問した際に撮影した“トルソー”写真の上に、左・吉田さんの「Untitled #28」、右・井野さん「Untitled #29」がドローイングした作品です
松岡:友情、ですかね。陸人くんと井野くんの関係、そしてスタッフのみなさんとの関係。それを目の当たりにして、“友情”というものの尊さを改めて感じました。 絵と写真が混ざることより、 人と人が混ざることの方がずっと奇跡的だと思うんです。
山下:僕も、彼らの人間性を一番リスペクトしています。絵のうまさよりも、誠実で、まっすぐで、優しい。間違いのない人格者です。
朴:本当にそうですね。今日のトークを通して、作品の背景にある“人の物語”がより鮮明に浮かび上がりました。ヘラルボニーの活動も、結局は“人と人の信頼”からしか始まらない。そう思います。
終わりのない対話へ
山下:私たちも、ここからが始まりだと思っています。このご縁を、ずっと大切に育てていきたいです。
朴:ありがとうございます。今日のトークは、まさに“遠い近さ”そのものだったと思います。理解ではなく、共鳴。説明ではなく、まなざし。その余白に、人の美しさが宿るのだと感じました。
トークが終わるころ、会場は静かな拍手に包まれた。
松岡さんが笑い、山下さんが頷き、吉田さんと井野さんが手を振る。
その光景そのものが、一枚の作品のように美しかった。
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【展覧会情報】
展覧会「遠い近さ」ー松岡一哲とやまなみ工房の宇宙ー
HERALBONY LABORATORY GINZA Gallery
会期:2025年10月24日(金)〜11月24日(月)
場所:HERALBONY LABORATORY GINZA Gallery(東京都中央区銀座2丁目5−16銀冨ビル1F)
営業時間:11:00〜19:00
定休日:火曜日(祝日の場合、翌日)
文・構成・ 編集:ヘラルボニー 朴里奈
写真提供:野口花梨

