50年描き続けた作家・八重樫季良の生涯ーーあるとき、クレヨンは彼の人生を変えた【異彩通信#11】

「異彩通信」は、異彩伝道師こと、Marie(@Marie_heralbony)がお送りする作家紹介コラム。異彩作家の生み出す作品の魅力はもちろん、ヘラルボニーと異彩作家との交流から生まれる素敵な体験談など、おしゃべり感覚でお届けします。「普通じゃないを愛する」同士の皆さまへ。ちょっと肩の力が抜けるような、そして元気をもらえるようなコンテンツで、皆さまの明日を応援します。

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今にも写真から声が聞こえてきそうな驚きと喜びに満ちた表情を浮かべる、ひとりの異彩作家。その視線の先に、あったものとは?

今回の異彩通信の主役は、そのフレンドリーな人柄で今なお多くの人に愛されている、ダウン症の作家・八重樫季良(Kiyoshi Yaegashi)。

2020年に64歳でこの世を去るまでの間、数千点もの作品を描いた彼の生涯を辿ります。

丸、四角、直線。不思議な図形の正体

まずは、季良さんが描いた作品を見てみましょう。
こちらはHERALBONYでも多くのプロダクトにも起用されている「(無題)(家)」。

「(無題)(家)」はっきりした色と、黒い線で描かれた円や直線、四角形が埋め尽くしています。

眺めていると「これは家の平面図?それとも立体図? 窓はもしかしたらあそこ?」とさまざまな想像が膨らみます。

もう一枚、家をテーマにした作品を見てみましょう。密集した色彩と図形のなかに浮かぶ白い丸がありますが、これが何かわかりますか?

季良さんいわく、この白い丸は「便所!」とのこと。

「(無題)(家)」

そんなユーモラスな一面を持ち合わせている季良さん。この「建築シリーズ」は、1999年に季良さんが入所していた施設の建て替えとともに制作が始まったのだといいます。新しい物好きの季良さんにとって、建て替え後の施設のモダンな外観は非常に魅力的に映り、創作の源泉となったようです。

それ以前には建築ではなく、「車シリーズ」を描いていたとのこと。

緑鮮やかな森の中を走る車のようにも見えるこちらの作品。その行き先はどこなのか、誰が乗っているのか。見る人それぞれが、自分だけの想像を巡らしてみたくなる作品です。

「(無題)(車)」

もう一枚ご紹介するのは「真紀ちゃんの車」というタイトルの作品。明るい色彩から、華やぐ街の中を走っているようにも見えてきます。。升目状に細かく引かれた線と、車のように見える左側の図形のダイナミックな対比も印象的です。

「(無題)(真紀ちゃんの車)」

今では多くの地元市民に愛される季良さんの作品ですが、彼の才能が世に知れ渡るまでの軌跡には、数々のドラマがあります。

社会との断絶。ひとりの作家の人生を変えた、運命の出会い

季良さんの幼少期、障害と社会の関わり方は今と大きく違いました。「義務教育の免除」という制度の下、小学校に通うことはできず、社会との繋がりは家族だけ。地元の方たちにもあまり認識されていなかったようです。

そんな時代において季良さんの創作の扉を開いたのが、10歳ごろに妹さんが小学校からもらってきた定規とクレヨンでした。障害者施設に入所後も、農作業などをする合間にひとり黙々と描き続けます。しかし、障害者の創作活動は、見向きもされない時代でした。

時は過ぎ、40代となった季良さんに大きな転機が訪れました。創作活動のサポートとして季良さんの施設にやってきた、のちの「るんびにい美術館」のアートディレクターとなる板垣崇志さんとの出会いです。季良さんの描く世界と飽くなき表現意欲に魅了されたという板垣さんは、現代美術家を紹介する画廊での展覧会に出品するなど作家活動を精力的にサポートし、季良さんの作品の評価も高まっていきました。

その後、板垣さんが設立に携わった「るんびにい美術館」にも、季良さんの作品が展示され、多くの方が訪れています。

実はヘラルボニーの誕生も代表の崇弥が「るんびにい美術館」で見た作品に衝撃を受けた経験が原点となっています。日の当たらない場所にあった障害者の創作活動が、美術展や美術館で飾られ、ヘラルボニーの誕生に繋がる。その歩みには季良さんの作品があったのです。

季良さんの視線に先にあった、奇跡のような光景

以降、さまざまな場所に作品が展示され、地元の多くの人に愛されながら、彼は生涯に渡り作品を描き続けました。

2019年、岩手県の花巻駅自体をキャンバスと捉え、アート作品でラッピングするという日本初の実験的なプロジェクト「HANAMAKI ART STATION」が実施されました。

主役となるアートに選ばれたのは、地元の作家であり、多くの市民に愛されている、季良さんの「(無題)(家)」でした。

車に乗り、花巻駅に向かう季さんと妹さん。

自身のアートを再現したネクタイを身につけ、嬉しそうにこちらにピース。

そして、ついに自身のアートに包まれた駅舎にたどり着きました。

「これ!俺の絵だよ!」と言わんばかりに、最高に嬉しそうな表情の季良さん。

ひとり黙々と描き続けてきた建築物のアートが、自身が住みなじんだ町の建築物を彩る。駅舎を通る多くの人の目に触れ、その心を彩る。季良さんの創作活動のクライマックスのような、美しい瞬間でした。

動画もぜひご覧ください。

八重樫季良の異彩はこれからも輝き続ける

この翌年の2020年、季良さんは、長い人生の旅を終えました。

季良さんが映る写真はどれも、優しい表情。フレンドリーで愛に溢れた人柄が、端々から伺えます。

季良さんは、花巻駅に訪れた際は駅舎をラッピングする作品を堂々と紹介されていました。自分の作品については、揺るぎない自信を持っていたそう。そんな季良さんの姿に、周囲の人も自分自身を肯定できるような力を与えられていたと言います。

最後に、晩年に描かれた異色の作品をご紹介します。

「季良と智子ちゃんと母さん」

家でも車でもなく、自分と家族を描いた作品。この作品の白い丸は、「便所」ではなく、シャボン玉のような、ハートマークのような、そんな何かなのではないかと感じます。

生涯をともにしてきた絵画という表現で、家族への最大限の愛を表現する。季良さんの笑顔のように、見る人の心にぽっとひだまりができるような作品です。

2021年10月から開催した「ヘラルボニー/ゼロからはじまる」という展覧会では、季良さんが実際に創作活動の際に使っていた椅子や机、画材といったものが、多くの作品とともに展示されました。

そして、季良さんの「(無題)(家)」をステンドガラスのように表現した展示も。

岩手のヘラルボニーギャラリーにも常設されており、いつも私たちを見守ってくれています。

差し込む日の光の中に、季良さんのあたたかな笑顔が浮かぶようです。季良さんの存在は、私たちの心の中に生き続け、彼の残した作品は、いつまでも見る人の心を照らし続けてくれるのだと信じています。

多くのダウン症の方たちが、ダウン症だけでなく障害のある人たちが、季良さんのような自信を持った人生を送れるように。このBUDDY WEEKで、多くの人にダウン症や自閉症など、障害について知ってもらい、偏見や制約のない、誰もが生きやすい未来につながるように。

私たちはこれからも活動を続けていきます。

八重樫季良の作品が、限定ネクタイに

3/21「世界ダウン症の日」4/2「世界自閉症啓発デー」をまたぐ期間を、HERALBONYではHERALBONY BUDDY WEEKと名づけています。

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異彩の「バディ」となって伴走するこの期間、「自閉症」「ダウン症」を多くの人に知ってもらうべく、今年は限定プロダクトを販売。季良さんも着用しているこちらのネクタイが、数量限定で復刻販売中です。異彩作家のアートをまとって、誰もが生きやすい未来へ。

【数量限定】ネクタイ「(無題)(家)」《 BUDDY WEEK 2024 》

この作家の作品が起用されたプロダクト

クッション「(無題)(家)」シルクスカーフ「(無題)(家)

ハンカチ「(無題)(家)」ハンカチ+フレームセット「(無題)(家)」

八重樫季良 Kiyoshi Yaegashi

るんびにい美術館(岩手県)在籍

一見抽象的な幾何学パターンを描いたように見える絵だが、それが独自のアレンジによって描かれた建築物だと知ったら多くの人が驚くだろう。 この表現様式を八重樫は子どもの頃、誰に習うことなく独創によって生み出し、以来半世紀余りにわたってこのただ一つのスタイルで創作し続けて来た。その作品数はおそらく数千点に及ぶと思われる。