鈴木杏さんトークセッション--表現へのリスペクトが、世界の見方を変える。後編

6月に開催した阪急うめだ本店で行われた俳優・画家の鈴木杏さんとのトークセッション「表現へのリスペクトが、世界の見方を変える。」後半では、アートと演じることの共通性や、日々の創作のあり方について語り合われました。

鈴木杏さんトークセッション--表現へのリスペクトが、世界の見方を変える。前編はこちら

ありのままを生み出すことにためらいのない健やかな世界


崇弥:杏さんは俳優さんでもあります。演じるということとアートというのは、通じてる部分はあるんですか?

鈴木:目に見えないものを目に見える形にしてるっていうのはすごく一緒だなと思います。台本に書かれている、 2次元で文字で書かれてるものを3次元、 4次元のものにしていく仕事だからですね。その感情とか動きとか関係性がどう変化していくのかというのは、 目に見えないものじゃないですか。アートも、何か目に見えないもの、例えば空気感とか動きとかエネルギーみたいなものを目に見える形にしている。 アウトプットの違いはありますが、結果同じことをしてるような気がしますね。

司会:杏さんは、今日は描けないとか描きたくないとか、今日はなんか違うとか、そういう日もあるんですか? いつもエネルギッシュに絵をお描きになられるんですか?

鈴木:シェアアトリエぷくぷくというオンラインコミュニティをやっているので、そこに1日1枚は毎日上げるというのは決めています。もう眠いなとか友達と楽しく飲んで忘れそうだったとか、酔っ払った状態で描いたりとかもあるんですけど(笑)。 でも本当にルーティーンとして自分の精神衛生上とてもいいんですよね。1日1個丸を描くというだけでも、その小さな自己肯定感の積み重ねってすごく後から響いてくると思うから。日々の揺らぎがある中で、どうやって健やかに過ごしていこうかということを常にシェアしているんですが、私も1日1枚はもうどんな状況であろうと描きますね。

シェアアトリエ「ぷくぷく」
俳優・画家の鈴木杏が主宰する、自身の創作活動をきっかけに、安心して表現活動を発信できる場所として創設。

大きい作品を描くときは、自分の体が動きたくなる瞬間を待ちます。 それで朝起きて歯磨いてる途中でも描けるような、基本的にキャンバスを置きっぱなしにして、画材とかも置いておきます。創作の流れに乗れるという瞬間を探ってる感じですね。 展示の前は、あえて1日しっかり休む日を作ってみると、その後すごくいい展開の仕方してきたり。そういうのも実験的になんか間合いを見つつやっています。

崇弥:描くことが生活の一部なんですね。例えば僕の兄は、毎朝「7時起床、8時送迎、9時から予定、何時にお風呂、寝る時間」っていうのを紙に書いて、それを持ち歩いたりするんです。それが安心の材料になっているんですね。自閉症のある人は特に、見通しが立たないことに強い不安を感じるので、予定をちゃんと共有することがすごく大事で。ニューヨークに行くときも何月何日に行って、いつ帰るかをかなり前から伝える必要があるんです。高校のときも、お風呂の時間をきっちり守るはずの兄が何時間も出てこなくて、よく見たら時計が壊れていた。そういう一つ一つが、なんか生活そのものの面白さだなと思います。

司会:一方で、“絵心がないから自分には創作は無理かも”とか、“手帳に残る下手な絵が恥ずかしい”みたいに、表現すること自体にハードルを感じる方もいらっしゃると思うんです。そういうときって、どう考えればいいんでしょうか。そういった方には、どんなふうに伝えていらっしゃいますか?

鈴木:そうですね。私が初めて展示をしたとき、“これでいいんだ”って思ってもらえたんじゃないかなって感じたんです。アカデミックな美術教育を受けていなくても展示していいんだとか、自由に描いていいんだっていうことを、そのときに感じてくれた方がいて。そこから自分も絵を描き始めたり、再開したという声もいただきました。

今やっているシェアアトリエでも、“ちいさい頃はみんな絵を描いてたよね、じゃあ今も描けるよね”っていうところから始めていて。絵だけじゃなくて、縫い物でも歌でも、それぞれの表現があっていいと思うんです。最初からSNSに上げるとかじゃなくてもいいし、まずは一本の線とか丸とか、そこからで十分で。

子どもたちの絵って本当に素晴らしくて、比べられる前の創造性がそのまま出ているんですよね。大人になるとためらってしまう色も、子どもは自然に使っていて。その感覚って本当は誰の中にもあるはずで、それを思い出していけたらいいなと思っています。上手い下手じゃなくて、とりあえずやってみる。その一歩を後押しできることが大事だと思います。

崇弥:生み出すことにためらいがないコミュニティってすごく大事だなと思います。民藝運動とかも私たち双子はすごく好きなんですけど、もともと刺し子とか地方の雑技みたいに扱われていたものを見つめ直していった流れの中で、柳宗悦が“子どもの絵には醜い絵は存在しない”って言葉を残しているんですね。美醜の概念から解き放たれているからだと。

うちの娘も今7歳なんですけど、3~4歳くらいまでは太陽をレインボーで描いたり、空も自由な色で表現していて。でも今は“パパの空の色、間違ってるよ。青だよ”って教えてくれる側になっている。それってどこかで“正解”を知ってしまう瞬間があるんだと思うんです。ヘラルボニーの作家の作品も本当にそうで、青ひとつとってもいろんな青がある。私たちが想像する青とは違う青が確かに存在していて、それを無意識に、でも自然に描いている。その感じがすごく面白いなと思います。

鈴木:やっぱり小学校に入って、中学校、高校、社会に出てっていう間に、だんだん正解不正解っていうものにがんじがらめになって、生きづらくなってしまうと思うんですよね。だからこそ、もうある程度大人になってきたし、この場所だったら、その正解不正解から解き放たれたらいいんじゃないっていう場所をもっともっと世界に点在させていければ。もっとみんなが健やかになれるのになって思うんです。

文登:ヘラルボニーの存在する理由もそれに近いかもしれません。正解か不正解かっていうより、いろんな“あり”を作れる。これもありだよね、これもありだよね。と、“あり”ということを一人が言ってくれるだけで、次の人が一歩踏み出せるじゃないですか。 だから、小学校の頃、崇弥に『お前の絵は下手くそだ』と言われてから、絵を描かなくなったという自分もいるんで(笑) 崇弥は絵が上手かったんです。 私はあんまりうまくなかったから、もしかしたら崇弥に嫉妬していただけかもしれない。 その時に杏さんのコミュニティがあればよかったな、きっと救われていたと思いますね。

鈴木:(笑)うちのコミュニティにも子どもたちがいて、自然にその成長をおばちゃんたちが見守るみたいな空気があるんです。それがすごく嬉しいというか、いいなって思っていて。やっぱり大人の目がたくさんあることって、実はすごく大事なんじゃないかと思っていて。私自身も子どもの頃から仕事をしていて、いろんな大人に囲まれて育ったので、閉鎖的じゃなかった。それは特殊な環境だったと思うんですけど、結果的に紆余曲折しながらも健やかに生きてこられたのは、その“見てくれている大人”がいたからだと思うんですよね。

だから今のコミュニティでも、年齢関係なく、みんな生きてるだけですごいよねって称え合える場にしたいと思っていて。いきなり言葉で話すのはハードルが高いこともあるから、アートとか自己表現みたいなものが間にあることで、少しコミュニケーションがしやすくなる。そんな感覚があります。

アートが媒介する出会いの中で、生き生きとした未来へ

文登確かに、作家さんたちとの関係性をつなぐものとしてアートが媒介になって、その人を“知りたい”って思うきっかけになるのはすごく大きいことだと思います。先日、筑波大学の障害学の第一人者の方にも、ヘラルボニーは重度の知的障害のある当事者を“名前で呼ばせた会社だ”と言っていただいたことがあって。これまであまり知られたり、知りたいと思われる機会が少なかった人たちに対して、アートを通して“この人の人生はどうなんだろう”とか“会ってみたい”って思う人が増えていく。そうやって世界とのつながりが広がっていくのが本質なんじゃないかと感じています。

昨年亡くなった作家の工藤みどりさんのお葬式のときに、喪服ではなく彼女のアートを身にまとって来る方がたくさんいて、むしろ“会いに来ている”ような場になっていたんです。亡くなってもなお作品を通じて人とつながり続けている姿を見て、アートが媒介になることで関係性が続いていくことに大きな希望を感じました。

工藤みどりさんの作家ページはこちら>>

鈴木:つながっていくとか、出会っていくことにすごく力を貸してくれるのがアートだと思っていて。自分が描いていることそのものよりも、描いているという行為や、できあがった作品が、また新しいご縁をつないでくれている感覚がすごくあるんです。
自分のために描いているというよりも、気づいたらその絵が誰かと誰かをつないでくれていたりして。そういう意味で、アートには人と人を出会わせる不思議な力があるのかなって思います。

文登アートをやっていて、良かったなと思ったことはありますか?

鈴木:たくさんありますね。最近すごく思うのは、自分自身が前より素直になってきたなっていうことです。それはコミュニティのみんなのおかげもあると思うんですけど、“これでいいんだ”って思えるようになってきたというか。

若い頃はずっと力が入っていたんです。大人や一流の人たちに囲まれて、子どもだった自分が背伸びして、“もっともっと”って思ってしまうことも多くて。でも年齢を重ねたことと、絵を描くという表現に出会ったことで、自分の中で少し自立していった感覚がありました。
1日1枚描き続けることの積み重ねとか、こうして人と会えることとかが、自分を支えてくれて、少しずつ力が抜けていったんだと思います。その結果、すごく生きやすくなってきたなって。今は、これまで自分がたくさん支えてもらってきた分、これからは誰かの力になれたり、一緒に歩けたらいいなって思えるようになりました。

司会素敵ですね。本当に自分らしくいられるっていうのが一番ですよね。そういった感性を磨くためにされていることは何かありますか?

鈴木:最近長野に移住して、のんびりしてますね(笑)。移住前とやっていることは同じなんですけど、絵を描いたりお芝居したり、文章書いたり。 移住生活を表すのにこれを言うと分かりやすいってみんなに言ってもらえるんですが、都心に住んでた時は「仕事の中に生活」があったんです。 それが移住したら「生活の中に仕事」になったんです。 これがね、同じようなことをやってるようで全然違うというか。

文登:ヘラルボニーは本社が岩手なんです。私が岩手に住んでいて、崇弥は東京です。 もちろん東京も楽しいですからね。杏さんにも銀座のお店にお越しいただいたんですよね。銀座店にはギャラリーがあって、作家さんのアートを原画をご覧いただけるんですが、いかがでしたか?

鈴木:もう、ずっと銀座のヘラルボニーギャラリーに行きたいと思っていたんですけど、長野に住んでいるので、東京に来ても仕事が終わるとすぐ帰ってしまうことが多くて。そんな中で4月に展示を見に行けることになって、本当にすごいなと思いました。ふと横を見たら友達がいて、なんとヘラルボニーで働いていると知ってびっくり(笑)。

構図とか色の組み合わせとか、自分の中にはないものばかりで、作家さんにしかない世界をこんなにそのまま見せてもらえるんだって感じたんです。ヘラルボニーの作家さんって本当に出し惜しみがなくて、素直にそのままぶつけてくる。そのエネルギーを浴びたときに、なんか細胞が活性化するような感覚があって、すごく感動しました。

司会:今日はヘラルボニーアートパークというテーマでポップアップを開催しているんですが、実際にご覧になって、どのように感じられましたか?

鈴木:作品という一点もののアートから、プロダクトとして日常に広げていくダイナミックなグラデーションがすごく面白くて、エネルギーを落とさずに社会に開いていく形を常に模索しているところが本当に革新的だなと思いました。アートってどうしてもクローズドの世界になりがちだと思うのですが、その一点ものの素晴らしさのエネルギー落とさずに広げる形を常に模索なさってる感じがあります。

崇弥:そうですね、確かに。僕らはやはり“ブランドという傘の中で見せる”っていうことを、創業当初からすごく意識していたんです。

岩手の人口1万人くらいの田舎出身なんですけど、中学の頃って障害のことをからかうような空気も普通にあって。いわゆる差別的な言葉が流行ってしまうような環境でもあったんですね。そういう中で、どうすれば“かっこいい”という感覚で受け取ってもらえるんだろうってずっと考えていました。地元の友達って、BMW乗ってたら“BMかっけーじゃん”とか、ヴィトンの財布持ってたら“それいいね”って自然に言うじゃないですか。そういうブランドの力はすごく伝わっていると感じていて。だったらアートや福祉も、ブランドという形で見せたら同じように“それいいじゃん”ってなるんじゃないかと思ったんです。

だからギャラリーやアートと同時に、ブランドとして社会に開いていくことにはすごくこだわっていますし、そこは今も大事にしている部分なんです。杏さんとはいろいろな形でご一緒できたら嬉しいですね。

鈴木:いろいろできるはずだなと思っています。いいなと思ったことが、そのままそっと福祉にもなっている、みたいな形ってすごく自然でいいなって。力を入れて“福祉です”って構えるものじゃなくて、もっとフラットに、日常の延長線上にあるものとして社会に広がっていく。そういう世界に、“ヘラルボニー”という言葉とともになっていく未来が見える気がするんです。

それってすごく、全人類にとって優しいことだと思うんですよね。だからこれからもヘラルボニーさんのことを応援したいですし、もし何かご一緒できることがあればぜひ。今日は本当にありがとうございました。

▪️プロフィール
鈴木 杏(すずき・あん)
俳優。1990年生まれ、東京都出身。子役として活動を開始し、映画・ドラマ・舞台と幅広い分野で活躍。映画『青い春』『花とアリス』などで注目を集め、その後も舞台を中心に表現の幅を広げる。近年は国内外の舞台作品への出演や、アート・創作活動にも関わりながら、ジャンルを横断した表現者として活動している。

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