鈴木杏さんトークセッション--表現へのリスペクトが、世界の見方を変える。前編

2022年の初開催以来、阪急うめだ本店では4回目となるポップアップストアが、今年も6月17日から22日までの6日間開催されました。今年は新たに「HERALBONY ART PARK」をコンセプトに掲げ、公園を散策するようにアートと出会い、楽しめる空間を創出しました。多様性やより良い未来につながる取り組みを発信し続ける阪急うめだ本店は、「異彩を社会の中心に届け、新しい文化を創る」をビジョンとするヘラルボニーにとって、障害のある作家の表現をアートやカルチャーとして社会へ届ける特別な場所です。

今年は“公園を散策するようにアートと出会う”をテーマに、多彩な作品と体験を展開。会期中には俳優・画家の鈴木杏さんを迎え、「表現へのリスペクトが、世界の見方を変える。」をテーマにしたトークイベントも開催されました。本記事では、その模様をレポートします。

ゴールを決めずに、ただ誠実に描きすすむ

会場には200数十人の来場者が集まり、初めての顔合わせとは思えないほど和やかな雰囲気の中でトークが始まりました。Instagramなどでも、鈴木杏さんが日頃からヘラルボニーのアイテムを自然に着こなす姿は社内でも話題となっており、ブランドが日常に自然と溶け込んでいる様子が印象的な場となりました。

松田崇弥(以下、崇弥):杏さんには、ヘラルボニーのプロダクトを本当に素敵にいつも着こなしていただいているので、社内でも大変話題なんです。しかも今日のジレとこのデニムはプライベートでお求めいただいたんですよね。 Instagramでも、ヘラルボニーのキャップを被ってくださっていたり、すごく嬉しいです。

鈴木杏さん(以下、鈴木):洋服が欲しいなと思った時に、まずはヘラルボニーのサイトを見ていたんです。そうしたら、このジレが出てきて、もうこれすっごい可愛いと思って。色合わせのバランスとか。リアルな作品をまとうっていうことは、やっぱりとても特別なことだから、これはもうぜひ着たいと思って。

松田文登(以下、文登):このジレは、岩手のさをり織という福祉で生まれる織物で、作家・良子さんの作品です。福祉業界でたくさん織られているのですが、実際使われる機会がないということに困っているという背景がありまして。それを日本ホームスパンさんと一緒に新しい形にしてみようという取り組みなんです。

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崇弥:今日のパンツは岡元俊雄さんという作家のアートがポケットに入っています。寝転びながら、割り箸を口につけて、アンパンマンの歌を爆音で聞きながら描くというすごい作家なんです。このデニムはどういったところが気に入ってお選びいただいたんですか?

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鈴木:えー、かっこいいですね! パンツを探していて、私も絵描くので、絵具がついても、それもまた可愛いかなと思って選びました。

司会:ご自身でも創作活動をされているということですが、そのきっかけとなったのが、手帳だったんですね。

鈴木:ずっと『ほぼ日手帳』を使っていて、1日1ページのフリースペースに何を書こうかと思ったんです。でも文字の日記は続かないし、後から読み返すと恥ずかしくなってしまって。2016年の元旦に、ふと絵を描いてみようと思ったんですね。それから1日1枚描き始めたら、その行為が自分にすごく合っていた。稽古場で描いていたら、『スタッフTシャツの絵を描いたら?』と言ってもらえて、そこから本の出版や個展の開催につながっていったんです。気づけば、みんなが私をアーティストの流れへと運んでくれたような感覚でした。

崇弥:元旦に「ふと絵を描いてみようと思った」というのは、何がそうさせたんだと思われますか?

鈴木:自分でもよくわからないんですよね。 絵だったら 1日1枚続くかもなって。 日記っぽい絵を描いてもいいし、全然関係ない絵を描いてもいいか、とりあえずこの 1日1枚、何かこのスペースに続けて描けることはなんだろうなと思った時に絵だったんですよね。

司会:どういったものを描かれることが多いですか?

鈴木:基本的には何も決めずに、線を引く、線を引く、線を引く、それでだんだんそれが形になっていって、そこから見えてきたものに向かって描き進めるという感じで、最初は本当に何を描くかは決めずに描いてます。

文登それはヘラルボニーの作家の感性にも近いですね。こう完成形みたいなものを持って描いてなくて、その行為とか、それをやり続ける気持ちよさとか、そういう豊かさみたいなものを追求している方たちが多いんです。完成っていうものを求めるというよりは、それをやり続けることによる自分の安定を求める感覚があるんだろうなって思いましたね。

鈴木:本当にそうです。キャンバスに描く大きな絵でも、もうとりあえず描き進めながら、これは何になっていくんだろうっていうのも、自分でもこう探りながら描いていってるっていう感じです。

崇弥:なるほど!杏さんの作品は、独創的な色使いやカラフルなものまで、いろいろな色彩感覚を感じる作品が多いと思うんですが、その作風に至った背景はありますか?

鈴木:最初は線画から始めたんですけど、それを見ていた友達が『色のつくものも描いてみたら?』って声をかけてくれて、水彩を始めました。今度は個展をやることになったから、じゃあキャンバスとアクリルに挑戦してみよう、と。本当にその都度、扉が一つずつ開いていくような感じでした。描き方も絵の具の使い方も全然知らないまま始めていて、やりながら試している感じです。もしかしたら使い方を間違っているのかもしれないけれど、『まあ、いいか』と思いながら描いています。

文登学びすぎないことの良さって、きっとあると思うんです。アール・ブリュットも、芸術的な教育を受けていない人たちの表現だからこそ、本能的でプリミティブな豊かさが宿っている。そういう意味では、杏さんの創作にも近いものがあるのかもしれません。学ぶということを超えて、描き続けるなかで人と出会い、その出会いによって自分自身が少しずつアップデートされていく。そんな感覚なのかなと思いました。

※アール・ブリュット:フランス語で「生(き)の芸術」を意味し、正規の美術教育や既存の芸術文化にとらわれず、独自の発想や方法で生み出された表現を指します。

鈴木:そうですね。 だからか、例えば絵の具はこっちの方がいいよとか、筆はこうやって持つとこの距離ができるよとか、ポロって教えてくれる人がある時現れたりして。例えばこの間もほぼ日手帳で荒井良二さんと一緒に描いたのですが、あの時も荒井さんにおすすめの画材を教えてもらって、それを自分の家でまた描いて。常に実験しながら描いてるっていう感じがあります。

崇弥:荒井良二さんってすごいですよね!

意図せず待つなかで、作品に意味が宿っていく

司会:作品づくりは、自分自身と向き合う時間でもあると思うのですが、実際にはどんなお気持ちで描いていらっしゃるんですか?

鈴木:そうですね。 運動の一つという感覚があります。 頭はすごく動いてるんですけど、同時にすごく静かな時間でもあって。その中で次の一色とか、自分の次の動きを待ちながら、描いては待って、描いては待ってを繰り返していく感じです。

展示で見てもらったり、買っていただいてお家に迎えてもらうこともあるので、そのときにどういう存在でありたいかは決めていて。嫌なことがあっても少し軽くなったり、朝元気に会社に行けたり、そういう生活の後押しになるエネルギーを持っている作品でありたいなって思っています。あと、ずっと見続けてもらえるものを描きたいです。

崇弥:杏さんの個展のステートメントでも、描いていくうちに作品の意味とかが宿っていくことが重要だというお話もありましたね。作品に意味が宿っていくことって、すごく大事だと思っていて。描いていくうちに、自分でも最初は分からなかったものが少しずつ立ち上がってくる感覚があるんです。

ヘラルボニーという言葉もそうで、重度の知的障害を伴う自閉症の兄が小学校の頃に『ヘラルボニー、ヘラルボニー』って自由帳に何十冊も書いていたんですね。その時は本人も意味は分かっていなくて。

それで今、この名前を冠した会社とブランドが 7年経って、意味が宿ってきてるなっていうことをすごく感じるんですよね。 ヘラルボニーという言葉があったから、例えば今日障害のあるお子さんが初めて百貨店に来た、とか。意味を最初から決めるというより、いろんな人たちによって宿ってきた。そういう感じがすごくあるなと思います。

文登:確かにそういう、いろんな人たちが意味を考え出すことってありますよね。例えば『ヘラルボニースイミングスクール』というのがあったとしたら、その言葉を耳にしただけで、いろんな人たちに開放される場なんだというのが頭の中で認識されるというような。ヘラルボニーという言葉そのものが、人によって感性を持ち出すことで、謎の言葉から一気に飛躍した。 そういう宿り方って本当に嬉しいなと思いますね。

崇弥:ちなみに杏さんは、「宿った」って思うのはどの瞬間なんですか?

鈴木:その作品が描き上がるタイミングに近いかもしれないですね。 最初は実験のように重ねていくだけなんだけど、だんだんそこに何かが生まれ始めて、流れ始めて、何かこう、一つの生命体、ある存在になっていくみたいな。 それがなんかもうちょっとだな、もうちょっとだなと思いながらやっていくと、あ、なんかここかもって思った時にはもうそこに、出来上がってるというか、出現してるっていう感じがありますね。

 

後編では、アートを通して得られた杏さんの素晴らしい体験をお聞きしました。

▪️鈴木杏さんトークセッション--表現へのリスペクトが、世界の見方を変える。後編