堀井美香さんトークセッション--ちゃんとできない自分のままで、生きていく。後編
6月に開催した阪急うめだでのトークセッション。フリーアナウンサーの堀井美香さん、松田崇弥・松田文登による「ちゃんとできない自分のままで、生きていく。」のレポート後編です。アートという表現を通して得られる自分の価値観との向き合い方などが語られました。
堀井美香さんトークセッション--ちゃんとできない自分のままで、生きていく。前編はこちら
純粋な表現を市場へ届ける――意思決定の難しさ
堀井:そうした純度の高いものを市場に出すということは、多数に受け入れられなければならないという課題も出てくると思うのですが、市場に出す際に気をつけていることありますか?
文登:ヘラルボニーにおいては、すべてのプロダクトや取り組みにおいて、作家の意思を確認するためのアプルーバル期間(確認期間)を設けています。企業とのコラボレーションでも、必ず作家本人やご家族、施設の方々に企画内容を伝え、確認を経てから世の中に送り出しています。
そのときに大切なのは『きっと喜んでくれるだろう』と勝手に決めないこと。本人にとって本当に豊かさや幸せにつながるものであってほしいという思いです。その原点には、重度の知的障害を伴う自閉症のある兄の存在があります。『兄がされたら嫌なことはしない』ということが、双子である私たちの根っこにある価値観なんです。

堀井:その意思疎通は、どんな風に進めていくんですか?なかなか難しいこともありますよね。
崇弥:そうですね。とても難しいです。作品が採用されるというのは、親御さんや施設の方にとっては本当に嬉しいことなので、本当にご本人はそれで良いのかという判断は難しいですね。
崇弥:重度知的障害のある方の意思決定支援は、国連でも大きな課題として議論されているテーマなんです。本当に本人が望んでいることは何なのか――それをどう汲み取るかは、とても難しい問題でもあります。
例えば、私の兄に『この水、おいしい? おいしくない?』と聞けば『おいしい』と答えますし、逆に『おいしくない? おいしい?』と聞けば『おいしくない』と答える。これ、おうむ返しの法則です。でも、長く一緒に暮らしている家族は、どう感じているのかがなんとなく分かるんです。ただ、親がいなくなった後、その意思をどう理解していくのかは大きな課題です。
文登:だからこそ、どのような聞き方や伝え方なら本人の意思をより正確に汲み取れるのか、絵や視覚的な手法も含めて研究していく必要があると考えています。ヘラルボニーは全国の多くの作家と日々向き合い、意思確認を積み重ねてきた会社だからこそ、その知見を生かしながら、本人たちの本当の願いや意思に寄り添う仕組みをつくっていきたいと思っています。
堀井:私たちが日々の生活を送っている間にも、お二人はさまざまな挑戦を進めていて、数カ月後に『あのとき話していたことが実現している』と驚かされることがよくありますよね。
その根底にあるのは、お二人が障害のある方々と社会との間に立って、“翻訳者”のような役割を果たしていることですよね。ヘラルボニーは、その意思や表現を社会につなぐ存在として大きな役割を担っていますが、これから先、こういう橋渡しをする人がもっとたくさん生まれていくといいですよね。

アートの世界に新参者として飛び込む原動力
堀井:お二人には聞きたいことがたくさんあって、なかなか話が尽きませんね(笑)。私自身、アートの世界には独特の文化があると感じています。実際にアートに関わる方々とお仕事をしていても、そこには長い歴史の中で培われてきた慣習や価値観があり、“普通”や常識のようなものが存在している。
そんな世界の中で、ヘラルボニーという存在や、障害のある作家たちの表現を広げていくことは、決して簡単なことではなかったと思います。その過程で、どのような難しさや壁があったのでしょうか。
崇弥:そうですね、例えば昨年、パリ・ファッションウィークに挑戦したときには、メトロポリタン美術館、MoMAのキュレーターとお話しする機会もありましたが、現代アートの世界には、すでに確立されたルールや文脈があります。学問として体系化され、多くの批評家がいて、『この展覧会にはどんな歴史的背景があるのか』『どんな文脈につながっているのか』といった評価軸が存在しています。
一方で、障害のある方々の表現の領域は、そうした既存の枠組みだけでは捉えきれない部分があります。アール・ブリュットやアウトサイダー・アートという概念はあるものの、まだ十分に整理されていない領域でもあり、その表現をどう位置づけ、どう社会に届けていくのかは、私たち自身が問い続けながら切り拓いている最中なんです。
※アール・ブリュット:フランス語で「生(き)の芸術」を意味し、正規の美術教育や既存の芸術文化にとらわれず、独自の発想や方法で生み出された表現を指します。
※アウトサイダー・アート:正規の美術教育や既存の美術制度の外側で生み出された表現を指します。アール・ブリュットと近い意味で使われることもあります。
文登:芸術教育を受けていない人たちの表現を指す『アール・ブリュット』はフランスで生まれた概念です。一方、アメリカには『アウトサイダー・アート』という考え方があり、こちらは障害の有無に限らず、既存の美術制度の外側で生まれた多様な表現を含んでいます。
現在、この二つの概念が並行して存在しており、それぞれ異なる文脈や価値観を持っています。そのため、この領域は非常に専門性が高く、ニッチなジャンルでもあります。アール・ブリュットを専門に扱うキュレーターも多くはなく、世界的に見ても、まだ発展途上の領域だと言えるでしょう。
崇弥:この領域は非常にニッチで、確立された批評の軸や市場がまだ十分に存在していません。そのため、作品をどう収蔵すればよいのか、どのような形で発表していくべきなのか、手探りの部分も多くあります。だからこそ、まずは市場そのものをつくっていく必要があると感じています。
ヘラルボニーには、金沢21世紀美術館でチーフキュレーターを務めた黒澤浩美が役員として参画し、現代アートの文脈と結びつける取り組みを進めていますが、やはり難しい部分はあります。
でも重要なのは、まずアートシーンの中で評価されること以上に、多くの人に届く存在になることです。社会的な認知を広げ、ムーブメントを生み出していく。その先に、アートシーンからの評価や新たな価値づけもついてくるのではないかと思っています。
文登:だからこそ、あえて現代アートの世界だけに深く入り込もうとはしていません。ヘラルボニーには、原画を届ける“アート”の領域、作品を日常に取り入れる“プロダクト”や“ブランド”の領域、そしてアートデータを活用して企業とのコラボレーションを生み出す“IT”の領域という、大きく3つの軸があります。
私たちは、それぞれの領域を丁寧に耕しながら、障害のある作家の表現を一過性のブームではなく、社会に根づくムーブメントへと育てていきたいと思っています。

堀井:ムーブメントにしたいというお話を聞いていると、外から見ている私たちにとっても、その変化の過程そのものがとても楽しいんです。もちろん、認知を広げることなど、軸となる部分はしっかりと持ちながら、そこから次々と新しい挑戦へと広がっていく。その進化の様子を見ていると、『次は何を見せてくれるんだろう』と自然と期待してしまいます。
きっと私たちにはまだ想像もできないアイデアが、お二人の中にはたくさんあって、それが少しずつ形になっているのだと思います。だからこそ、これからもどんどん進んでいってほしい。そんなふうに、外側からその歩みを見ること自体が、とても楽しみなんです。
「当たり前」を超えて「ちゃんとしていない自分」を受け入れる
司会:前に進み続けるためには、私たちが無意識のうちに持っている“普通”や“当たり前”という価値観、あるいはラベリングのような枠組みを超えていくことが必要なのではないかと感じます。
私たちは知らず知らずのうちに、人や物事に境界線を引いてしまっていることがあるのかもしれません。堀井さんは、その“普通”や“当たり前”について、どのように感じていらっしゃいますか?
堀井:そうですね。ジェームズ・リジィの絵に惹かれたのは、たくさんの人やものがごちゃごちゃと混ざり合いながら、それぞれが自然に存在しているからでした。一つの“異彩”が際立つのではなく、みんなが違っていて、それが当たり前になっている。その世界観がとてもしっくりきたんです。
だからこそ、社会にもさまざまな人がいることが必要だし、その多様さに私たち自身が慣れていくことが大切かなと。むしろ、一人ひとりが『自分はちょっと変なんだ』という部分を隠さずに出していけば、“変”であることが当たり前になって、もっと生きやすい社会になると思ったりします。私自身、アナウンサーという仕事柄、『ちゃんとしている人』というラベルを貼られて生きてきましたが、今その“ちゃんとしている”という鎧を少しずつ脱いでいる最中なんです。実は、ちゃんとしていると言われる人ほど不自由で、少し変わっていると言われる人のほうが自由だなと思っているんです。
だからこそ、“変わっている”と言われる人たちが、楽しそうに、幸せそうに生きている姿を見せてくれることには大きな力がありますよね。私は『楽しい』というのは、とても静かな革命だと思っていて、その楽しさが、私たち一人ひとりの固定観念やラベルを少しずつ解き放っていくきっかけになると感じています。

文登:本当にそうですね。今のお話を聞いていて、三重県の福祉施設『希望の園』に在籍する青木 慎太郎さんのことを思い出しました。青木さんは、ひたすら丸を描き続けるんです。以前作品を見にいったとき、『ここで終わったらすごく素敵な作品になるのに』と思ったことがあって。でも、青木さんは止まらずに描き続けて、最後には紙がボロボロになるまで手を動かし続けたんです。
最終的に完成した作品を見ると、驚くほどまとまっていて、私には想像もできなかった世界がそこに立ち上がっている。青木さんには青木さん自身の“終わり”や“完成”の感覚があるんですよね。私たちが考える『ちゃんとしている』という枠を超えたところにこそ、想像を超える表現や、とてつもないエネルギーが生まれるのだと、改めて感じました。
堀井:実は今、ある島の人がなかなかたどり着けないような山奥に、自分の基地のような場所をつくっているんです。水道も電気も引いて、トイレもちゃんと水洗で、バイオ処理をして海へ流れる仕組みにしています。屋根と側面には壁があるものの、正面は海に向かって開けているんですね。だから座ると、海を眺めながら用を足せるような場所なんです(笑)。
今でも十分自由に生きさせてもらっていますが、これからはもう少し、自分の感覚に正直に、もっと自由に生きてみたいと思っていますね。
文登:その選択ができるのには、なんかどんな変遷があって、こう決めたんですか?
堀井:そうですね。 一つずつ自由を手に、楽しいことを手に入れると、もうどんどん2倍にも 3倍にもなってきて、あ、これもできる、あれもできるって一歩踏み出すって感じですかね。
スペシャルゲスト岸田奈美さん登場

文登:最後に、実は会場には作家の岸田奈美さんが、ご家族3人で来てくださっています。奈美さん、もしよろしければ、一言お話しいただけますか?
(拍手)
岸田奈美さん(以下、岸田):私、堀井さんがやられている、Podcast番組「OVER THE SUN」のリスナーなので少し緊張しているんですが(笑)一つ質問させてください。
アナウンサーやラジオ、ポッドキャストはすべて“言葉”の仕事ですよね。でも、障害のある作家さんたちの表現を見ていると、言葉を超えた力を感じて、『言葉って無力だな』と思うことがあります。堀井さんは、言葉では届かないものや、言葉のもどかしさを感じることはありますか?

堀井:もちろん、言葉では伝わらないことはたくさんありますし、逆に、間合いとか表情、背中や、その人と黙って同じ空間にいるだけで気持ちが伝わることもあります。
だから、今こうして私たちが交わしている“言葉”は便利ではあるけれど、絶対に必要なものかと言われると、なくてもいいものかもしれません。
だって一緒にいるだけで、怒りや喜び、愛してるという気持ちが伝わることもあれば、いくら言葉を並べても何も伝わらないこともある。言葉というのは、とても力強い一方で、とても厄介なものでもあるのだと思います。
岸田:本当にそうですよね。一緒に過ごす時間が長くなるほど、先ほどの松田さんのお兄さんのお話のように、『今日は機嫌が悪いんだな』『これは嫌なんだな』と、言葉がなくても少しずつ分かるようになっていくものだと思います。
堀井さんご自身は『これは嫌だ!』と思ったとき、その気持ちはどのように表現されるんですか?
堀井:もう大人ですから、嫌なことがあっても人に当たったりすることはありません(笑)。でも、一人になったときに、『あの人、電車に遅れればいいのに』とか、『鳥のふんが落ちてこないかな』なんて、つい思ってしまうことはありますよ。やっぱり人ですから。
崇弥:なるほど、呪いにするんですね(笑)。

岸田:それでいうと、本当に双子っていいなって思うんですよ。ここ本当に通じ合ってるというか。
崇弥:まあ確かに文登と私のLINEは、もうとんでもないようなメッセージばかりですよ。それがすごく良いんです。本当に忖度なく言えるんですよ。 全社会議のオンライン会議中とかに、文登が喋り終わった後にダメ出しのメッセージをすぐバーンと送ったり(笑)。
文登: お前の話つまらなかったとか、これじゃ誰にも刺さらないと思うよとか、お互いに言えるみたいな。 フィードバックをし合う(笑)。
岸田:これだけ長い時間を一緒に過ごしていても、まだ知らないことや新しい発見がたくさんあるんですよね。ヘラルボニーの作家さんたちとも、長く関わる中で、『こんな表現をするんだ』『こんな一面もあったんだ』と驚かされることがたくさんあるのではないでしょうか。
だからこそ、言葉だけに頼らずに人と関わっていくことには、まだまだ大きな可能性がある。私はそこに、とても期待しているんです。
崇弥:ほんとにそうですね。ありがとうございます。

▪️プロフィール
堀井 美香(ほりい・みか)
フリーアナウンサー、ナレーター、朗読家。1972年3月22日、秋田県生まれ。法政大学法学部卒業後、1995年にTBSへアナウンサーとして入社。『王様のブランチ』『久米宏 ラジオなんですけど』など数々のテレビ・ラジオ番組に出演し、ナレーションでも高い評価を得る。2022年3月にTBSを退社し、フリーに転身。現在は人気Podcast『ジェーン・スーと堀井美香のOVER THE SUN』のパーソナリティを務めるほか、朗読活動「yomibasho PROJECT」を主宰するなど、声と言葉を軸に幅広く活躍している。著書に『一旦、退社。50歳からの独立日記』『音読教室』『聴きポジのススメ』などがある。
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特別ゲスト
▪️プロフィール
岸田 奈美(きしだ・なみ)
作家。1991年生まれ、兵庫県神戸市出身、関西学院大学人間福祉学部社会起業学科2014年卒。在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。テレビ出演、ポッドキャスト番組、脚本執筆など活躍の場を広げている。世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズ。 Forbes 「30 UNDER 30 JAPAN 2020」「30 UNDER 30 Asia 2021」選出。著書にドラマ化もされた『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』をはじめ、『もうあかんわ日記』、『傘のさし方がわからない』、『飽きっぽいから、愛っぽい』、『国道沿いで、だいじょうぶ100回』など。
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