二人の施設長と作家たちが語る『境界のひらき方』〜HERALBONY LABORATORY GINZA 1周年トークイベント〜
HERALBONY LABORATORY GINZA がオープンからちょうど1周年を迎えた2026年3月15日。2つの施設の施設長と3名の作家をお招きして、記念のトークイベントを開催しました。
三重県松阪市にある「希望の園」より、施設長の村林真哉さんと、作家の奥亀屋一慶さん・森啓輔さん、そして愛知県名古屋市にある「さふらん生活園」より、施設長・水上明彦さんと、作家の井口直人さんをお迎えして、HERALBONYの北村茉里映がモデレーターとしてお話を伺いました。
異なる施設、異なる制作のかたちが、銀座の実験拠点 HERALBONY LABORATORY GINZA に集い、作家と来場者の間にある境界が、ゆるやかにひらかれていく時間。
それぞれの施設で育まれてきた作家たちの物語と、それぞれの施設長お二人が大切にしてきた想いが語られた、当日の様子をお届けします。
まずは自己紹介からスタート。作家たちの個性が光る挨拶に、会場はさっそくやわらかな空気と笑いに包まれます。すぐにこのような場を生み出せてしまうのも、異彩を放つ彼らの魅力のひとつです。

北村茉里映(以下、北村):まず、「さふらん生活園」「希望の園」のご紹介をいただけますでしょうか。水上明彦(以下、水上):愛知県名古屋市にありますさふらん生活園は、設立からちょうど40年が経つ、一言で言えば、昔ながらの作業所です。アートが得意な人や絵が好きな人もいますが、特にアートに特化しているわけではなく、ごく普通に町にある施設です。
これまでものづくりやお菓子作りなど色々取り組んできたのですが、昔は「きれいにまっすぐに」というものを作ることに一生懸命だった施設でした。ここ最近は、自分の好きなことや関心のあること、こだわりだったり、素材に触れたときの気持ちよさというようなことを社会との接点にできないかということで、チャレンジしている施設になります。
村林真哉(以下、村林):希望の園は、三重県松阪市にございまして、2005年にNPO法人を立ち上げました。そのNPOで生活介護事業所「松阪チャレンジドプレイス 希望の園」を運営しています。障害のあるアーティストの育成と支援、障害のある方々やマイノリティの方々の自己実現を目指すということで、芸術活動や社会活動、国際交流などをずっとやってきました。アートや音楽、パフォーマンス、そして小中学校との交流会なども年間50回ほどやっています。

2つの施設の出会い
北村:今日ここにお集まりいただいた2つの施設ですが、それぞれの施設独自の取り組みでもご一緒されていたりと、繋がりも深いですよね。どのような経緯で知り合われたんでしょうか。
水上:愛知県は障害のある方がアートを通して社会と繋がる施設が数多くありますが、うちもそうしたコミュニティとは多少の繋がりがある程度です。
井口さん(作家・井口直人)との遊びの中で出来上がるものが、ある日突然アートとして注目される中で、ヘラルボニーさんとのご縁があり、ヘラルボニーが開催する展覧会やイベントなどを通じて村林さんとお会いする機会があったことがスタートです。
北村:ヘラルボニーがきっかけで、二つの施設がつながったんですね。さらに気づいたら一慶さんと井口さんもとても仲良しになられていて。
村林:豊田市美術館で去年イベントがあって、そこですごく仲良くなったんですよね。井口さんがコピー機のパフォーマンスをやってくれて、そこに一慶さんも来ていて。
水上:井口さんはなかなか人と友達になるチャンスがないし、施設にいると、本当に「通じ合う」みたいなことってなかなか難しいんですけど。
一慶さんと井口さんが最初に会ったとき、「支援する/される側」じゃなくて、「人として会った」みたいな瞬間があって。そのイベントに、一慶さんがアルミ缶で作った服を着てきたんですよ。
村林:希望の園では毎日ゴミ拾いの社会活動をやっていて、そこで拾ってきたアルミ缶で作った服ですね。
水上:それをうちのメンバーたちも着て「かっこいい」と喜んでいたんですけど、嫌なことは嫌、やりたいことはやりたいとはっきりしてる井口さんは「嫌だ、着ない」と言ってて。
でも一慶さんが「ええやん」って声をかけたら——一慶さん独特のホスピタリティみたいなものが井口さんにはまって、一緒に写真撮影して、さらに一緒にコピー機でコピーもするという(笑)。
村林:(井口さんが)「お前も撮れ、早く撮れ」って(笑)。
水上:そんな奇跡のようなことが——私も26年ぐらい福祉の世界にいるんですけど、なかなかこういうピキピキッと変わる瞬間ってないんですよ。でもそこで、井口さんと一慶さんが出会って、障害を超えて人として出会い、確実に友達と呼べるような関係が生まれたことが、僕は嬉しかったです。
北村:そのお写真、私も当時SNSで拝見しました。お二人が本当に楽しそうな様子で、二人の繋がりを感じて私も嬉しくなったのをすごく覚えています。一慶さんも先ほど井口さんのことを「お友達」と言ってましたよね。
奥亀屋:もちろん。
作家たちについて
北村:改めて、井口直人さんの制作についてご紹介いただけますか。
水上:井口さんは小さい頃から英語のロゴやデザインされたパッケージが大好きで、それを集めて体中に貼り付けていたんです。2003年に施設にコピー機が導入されたとき、「集めたものを並べてコピーすれば楽しいんじゃないか」ということで、好きなものをコピーをするという行為が始まり、職員が調子に乗って「手を入れてみたら?」と言ったら、井口さんは「やる」と。さらに「揺らしてみたら?」と言ったらまた「やる」と。
そして最後に「顔を入れてみたら?」と言ったら、それもやってみて——結果、自分の顔のコピーが一番好きだったんですね。英語のマークやパッケージを超えてしまった(笑)。そうして顔面コピーが始まりました。
そして、カラーコピーもしたいということで、歩いて1分のローソンへ行くようになりました。最初はスタッフも付き添い3〜4年オペレーションしたんですが、今では1人で行くようになって、なじみのコンビニが3軒まで増えました。そのローソンは、店員さんがいつも「お帰り」と声をかけてくれるような、マニュアル外の温かさがあって。井口さんを当然のように受け入れ、井口さんがコピーをした後はコピー機の画面をさっと拭いてくれます。夏休みにさふらん生活園にボランティアで来る小学生が「コンビニでコピーやってるおじさんがいる!」と気づいてくれるくらい、地域の中で変なおじさんとして非常に馴染みのある存在になっています(笑)。
北村:コピーするという行為によって、地域との繋がりがナチュラルにできているのもすごいですし、地域の中で当然のように受け入れられている。本当に素敵なエピソードですよね
村林:(井口さんが)今日はすごく満足げですね、俺が主役だ!という感じ。水上:井口さんがここに落ち着いて座っていられるということは、普段ないことなんですよ。すごいです。井口さんは普段本当にせっかちな人で。アートを通して、これまでヘラルボニーのギャラリーにも3〜4回訪れて、ここに自分の居場所ができていると感じているんじゃないかなと思います。
北村:続いて、奥亀屋一慶さんの制作についてお話いただけますか。
村林:一慶さんは社会情勢に非常に関心が高い作家さんです。日曜討論のような番組が大好きで、作品の中にはトランプ大統領や安倍首相といった人たちが出てきます。先日も、アメリカがイランを空爆して子供たちがたくさん亡くなったニュースを見て、彼は「どうすれば止められるんだ」と涙を浮かべて私に訴えてきました。そこで私は「俺たちにできることは絵を描いて平和を訴えることだ」と。それで、今日のライブペイントでは、当初の予定を変えて新作を描くことにしました。
でも社会情勢に非常に関心が高いのと同時に、レコード蒐集が趣味で。昨日から東京に来てるんですが、レコード屋さんを5軒くらい回りました(笑)。
戦争のニュースを聞きながら恋の歌を聴いていると、社会情勢と恋愛がぐちゃぐちゃに混ざり合ってくる。それが彼の「妄想癖」という個性でして、うそ発見器にかからないと医師に言われたくらい、妄想と現実の境界が曖昧なんです。でもそれが真実なんですよ、一慶さんの中では。それで、「戦うな、恋をせよ」みたいな作品が生まれたりする。社会的なテーマを持ってる知的障害の作家さんって、珍しいですよ。
北村:HERALBONY Art Prize 2025のファイナリストとして展示された、ジョン・レノンとオノ・ヨーコのレコードをモチーフにした作品も、まさに愛のテーマでしたよね。
村林:そうです。怒りをぶつけるんじゃなくて、恋を映す、愛を提示する、というテーマが一貫してるんですよ。あと、作品には必ず鼻の下に緑色のラインが入るというのが一慶さんのトレードマークで、それがあったら一慶さんの作品だと分かります(笑)。
北村:続いて、森啓輔さんについてご紹介いただけますか。
村林:森啓輔さんは、レコードジャケットを見ながら「かっこいい人、綺麗な人」を描くことをテーマにしています。たとえばレコードジャケットの人物を、写真と同じように描けば肌色やモノクロなどくすんだ色になるはずが、森さんが描くとなぜか独特の鮮やかな色使いになる。ある日「どうしたら絵が上手く描けますか?」と彼が聞いてきたので、「明るいところは明るい色で、暗いところは暗い色で描いてみたら?」とアドバイスしたら、こんな感じになっちゃって(笑)。
水上:確かに! 一般的に見ると「似てないからダメ」とか「そんな色してない」となるんですが、それを言ったらダメなんですよね。村林:そうです。その自由な発想をそのまま爆発させるというのがいいところで。色作りにもすごく時間をかけていて、パレットの上で20分くらいかけることもあります。小さい作品ほど時間がかかるんですよ。完成したときの色の意外性が本当に面白くて、制作を見ていると「なぜこの色になるのか」という驚きの連続です。

日頃のコミュニケーションについて
北村:普段、作家さんたちとどのようにコミュニケーションをとっていますか?また、作品が生まれるときのやりとりについてもぜひ教えてください。
水上:指導的なものが発生しちゃうと(望ましい関係性を築くことが)難しくなるので、それも大事にしつつ、フラットな関係を作りたいなとは常々思っていて。
例えば井口さんと一緒にコピーをしたりするんですが、物を作るときに“一緒に手を動かす”ことで、それができるんじゃないかと思って、普段からちょっと気をつけてやっています。それを“楽しみながらやる”というのも大事にしているところです。
村林:希望の園には作家が45人ぐらいいるんですけれども、1人1人それぞれ個性というか、持っているものも違うし、それをやっぱり大切にしていて。どうやって向き合っていくかというと、やっぱり“仲良くなる”こと。
どうやって仲良くなるかというと、壁を作らないことかな——自分が育ってきた環境の価値観を信じすぎずにね。——いい成績を取らなきゃ、体育頑張らなきゃというような「成績表」——を信じすぎないで、自分で勝手に好きな映画見たり、本読んだり、音楽を聴いたりして、そういう自ら作った世界を基準に見るようにすると、彼らのことが近くになったり、彼らのことを正当に受け止められると思うんですよ。
何してもオッケー、エンドレスオッケーだという感じで長く付き合っていくと、彼らもリラックスして自分を出せるようになっていく。そういうのが大事だと思っています。
北村:本当にその通りだと思っていて、私も福祉施設に伺ったとき「自分が解放される」みたいな感覚がすごくあるんですよね。私たちは無意識にいろいろな「こうあるべき」「こうするべき」という価値観の中で生きていますが、それが軽やかにひっくり返されるような、自由な気持ちになれる感覚が、言葉での説明なく肌で感じられるのがすごく良い場で。私はいつもみなさんとご一緒できてとても幸せです。
これからの夢
北村:作家のみなさんに、これからやってみたいことを聞いてみたいと思います。井口さんはいかがですか?
(井口さんが腕章を見せる)
北村:腕章を作りたいということですね!
北村:一慶さんはいかがですか?
奥亀屋:ドイツで個展をすること。
北村:ドイツ! なぜドイツなんですか?
村林:私のせいかもしれません。私がドイツに行ったことがあるので、そこから来てるんじゃないかと。
北村:森さんはいかがですか?
森:いっぱい絵を描きたいです。
村林:いっぱいって、どれぐらい?
奥亀屋:いっぱいじゃわからへん!(会場が笑いに包まれる)
北村:この2人のやり取り、いつもこんな感じで本当に大好きです(笑)。
「発酵」と「そのままを生かすこと」
会場の皆さまからも、質問をいただきました。
会場の方:対談を聞いていて、ヘラルボニーさんとそれぞれの施設が関係を持たれた上で、アート福祉や経済活動の中でそういった可能性・価値を見出して活動されていく中で、今後どのような展望を想定されているのか聞いてみたいと思いました。
水上:井口さんが気づかせてくれたことがいくつもあって。自分の好きなことができる環境作りというのが、なかなか難しいんですよね。タイパ・コスパの時代の中で、ゆっくり熟成しながら変化していくものってなかなか見えづらい。
5年かけて変わっていくようなこともあって、そのところをどう発信していくかというのは常に悩みながらやっています。その場でジャッジせずに付き合うことの大切さを、もう少し社会の中でトレーニングできたらいいかなと。
それと、「発酵」という言葉で考えていることがあって。発酵と腐敗は、人間の捉え方によって変わる。同じものでも、良しとすれば「発酵」、ダメとすれば「腐敗」とする。社会が「腐敗」として捨ててきたものが、福祉現場では実は大切なものだったりする。そこを「発酵」の側に寄せていきたい。
障害のある方の施設は「曲がったものを作る天才」が多くて、そういうものが世の中に溢れてくると、作り手への想像力が広がっていいなと思っています。ヘラルボニーさんもそういうところを発信してくれていると思うので、一緒にできて嬉しいです。
村林:その人その人が持っているものをそのまま生かしていく、という発想でやっているからいろんな人が応援してくれると思うんですよ。みんな分かっているんです、今の生き苦しさを。そっちの方が絶対魅力があると分かっているからみんなが応援してくれる。
だからそういうことをどんどん続けていくと、いい世界になると思う。アートやパフォーマンスのイベントを全国でやったり、海外にも一緒に行って新しい繋がりを作っていくということも、ヘラルボニーさんと一緒にやっていけるんじゃないかと思っています。

イベント終了後も、作家たちの制作意欲は止まらず、公開制作は続きました。作家とお客さまが言葉を交わしたり、ゆるやかに境界がひらき、交ざり合う空間。
日頃施設長や作家たちにお会いして肌で感じているものを、このトークイベントで改めて言葉にしていただき、再認識できるとともに、とても豊かで有意義な時間となりました。
これからも、私たちは作家・施設の皆さまとともに、境界がひらき様々な人が緩やかに混ざり合う場を生み出し、少しずつ世界が変わっていくきっかけを作り続けています。

